
八戸市美術館ボランティアだより −第2号− H15/8/16発行
Member’s voice
「棟方志功展」でボランティアガイドに挑戦!
●初めてのボランティアガイド。忘れかけていた若き日々の熱き思いが脳をよぎりました。
安藤さんのごあいさつの中で、「子供達と一緒に楽しむも良し」という言葉が、フゥーっと気を楽にしてくれました。
さっそく石鉢小6年生の到着。すがすがしいあいさつを交わした後は、志功の世界へまっしぐら。
始めのうち、場慣れしているらしいガイドの周りに固まっていた子供達も、自然な流れで小グループになります。私とスタートした3人の女子は、絵やマンガを得意としていて、かなり興味津々でした。周りのグループに惑わされることもなく、淡々と志功の世界をめぐり歩きました。
一時間という限られた時をフルに活かすべく、皆思い思いに作品に見入っていました。また子供達は、学校からの課題をぶら下げて、いつの時代も大変だなあと思いました。質問攻めにあってはと、知識も準備もO
Kのつもりでしたが、意外とざわつきもなく、落ち着いた子供達でした。(さすが6年生?)
この日初めて志功を知り、作品と出会った人も、志功を知っていた人も、素敵な出逢いになったことでしょう。帰りのバスから手を振る子供達の可愛らしさにホッとしました。
研修支援担当 吉田智恵
●県内の作家、それも世界的に有名な作家ということで、お話出来ることはずいぶんたくさんあったと思います。
少ししゃべりすぎたかもしれないというのが、最大の反省点です。
1時間のうちに、一階から三階を見るというのは、時間がありそうでないようなもので、もう少しじっくり作品を楽しめたら良かったなあと思いました。
作品解説にあたり、毎回これだけは絶対に皆さんにお話して下さいというマニュアルのようなものを作ってはどうでしょう。例えば、
一、美術館でのマナー
ニ、作品を見る時の注意事項・ポイント
三、作家のプロフィールなど
作品解説担当 野坂純子
「青森県の文化財展」(青森県立郷土館)を観覧!
●薄曇りの天気の中、まだ緑爽やかな景色をバックに、すべるように車が走ります。
グレーの三階立ての堅固な建物、青森県立郷土館には、11時頃到着しました。何も知らずに行列して入り、一時間半くらいで、物知り顔になって郷土館を後にした、私の感想です。
南部はすごい!津軽もいい!昔々のご先祖様はエライ!でした。主に私は、縄文の方に興味がありました。
今では中央に集中している優れた文化も、はるか昔は東北地方、特に二戸〜津軽にかけての是川遺跡、亀ヶ丘遺跡等が、それぞれ技術と彩色にきわだちを見せていた事。またその後、三内丸山遺跡の発掘で注目を浴びた事。六ヶ所村、木造町、大畑町、弘前市、三厨村…と。こんなにたくさんの遺跡があったとは…。
たぶん、何千年(2000年〜4、5000年前か?)も前のある人々が、土をこね、水を飲むため、穀物を食べるためにと、作り続けてきた事でしょう。何度も、何千年も続けているうちに、このような形の美しい芸術品に進歩してきたのでしょうね。
一つの作品を作る事に、私たちの祖先が今の私たちと同じような心を持っていた事。そして、勝手に解釈すると、姿形は違っても、人間本来の心の持ち方は、ず〜っと同じだった事でしょう…ネ。
帰りの車中で、縄文等に詳しい方から、さらにたくさんのお話をお伺い致しました。その一つですが、今のように貧富の差が生じたのは、お米が生産された事が大きな要因だったそうです。
古代人と現代人の大きな違いはそこだと思うのです。心は一つ。でもそこに不必要な富があると…。(良い事もあれば悪い事も多かりし…。)
貧乏な私は、きっと現代人ではなくて、古代人に最も近い人種でしょう。
研修・支援担当 金田百合子
Member's column
−人との出会い−
「棟方の顔を見ると都会の男とは違う。まがいもなくアイヌの血が流れている。その原始の本能が棟方の作物を産ませる。荒っぽくとも新鮮で健康なのだ。病的な作家だらけの今日、ぜひとも居てほしい人間なのだ。多くの人の版画は絵を版画に仕立てている。棟方のは版画で絵出来ている。版画でなければ生まれない絵なのだ」
棟方が師と仰ぐ柳宗悦の棟方論である。この柳宗悦など民芸館の御大と出逢ったのは、棟方の出世の糸口であった。
「棟方志功は若い頃から、写生に熱をあげて、出生地の青森市で油絵を描いていたが、何を描いて居るのか解らない。決して、うまい方ではない。強度の近視なので、風景がよく見えないのであろう。周囲には棟方志功よりも風景写生の得意な人が何人もいた」と、弘前大学の川村精一郎教授らからお話を伺ったことがある。
大正13年には上京。苦学しながら絵を描きはじめる。昭和3年、第9 回帝展に「雑園」を出品、初入選を果たす。棟方志功が版画に惹かれていたのは帝展入選の前からだが、川上澄生の代表的版画である「初夏の風」を見て感激した志功は、版画家下沢木八郎に連れられ平塚運一を訪れ、本格的に版画の道に入った。「星座の花嫁」と題した、川上澄生風な版画集を作って、中島重太郎の「版画倶楽部青果堂」から領布した。青森県出身の詩人福士幸次郎から、同じ詩誌の仲間の佐藤一英を知って、その詩「大和し美し」を20場面の版画にした。
浜田庄司、河合寛次郎とのかかわりが更に、棟方志功の版画に磨きをかけ、世界の棟方としての地歩を固めた。
邂逅こそ、尊く、それによって、人の運命が決まる。棟方志功は豊かな感受性と、人との出会いをものすごく大切にする姿勢が見られる。そして、転機を見い出すと、更に飛躍して一段一段と高みに登っていった。
この春、「生誕100年記念棟方志功展」を主催した宮城県立美術館と八戸市美術館の2館を観賞する機会があった。棟方志功の作品の魅力もさることながら、評論家亀井勝一朗の碑に刻まれた「人生は邂逅し開眼し瞑目す」は、棟方志功のひたむきに生きた人生観そのものであろう。
ハビボ代表 安藤清一
学芸員のないしょ話・1
−美術館ってなんだろう?−
さて、HABIVOのみなさんこんにちは。日頃は、資料整理などの美術館の裏方としてがんばっている方や、子供たちのワークショップにおける手伝いに奮闘されている方など、その活躍ぶりもだいぶ板につき、大変たのもしく拝見しております。
美術館ってなんだろう?とマジメに考えたことありますか。まず、美術館といえば、絵が飾ってあっていつでも鑑賞できるところ、というイメージがあります。絵を飾る。これがつまり展示という学芸員の第一の仕事です。作品を展示するって、意外とこれが大変なのです。ハイ…。
絵などの作品を飾るには、まず何らかのテーマ、あるいは、そこに作品を展示する理由が求められます。これには、美術館自体がコレクションし、収蔵している作品を紹介する「常設展」と呼ばれる展示と、ある特定の趣旨のもといろいろな作品を集めて、特別に紹介する「特別展」、または「企画展」と呼ばれる展示と、大きく二つに分かれます。
皆さんは各地の美術館を訪ねて、さまざまな展示を見てきたと思います。常設展は、いわゆるその美術館のメインの「顔」となる展示です。そこの美術館はどんな理念のもとコレクションがなされ、どういう作品を収蔵しているのかが、展示を見ることによりわかるのです。ですから、常設展はとっても大事なものなのです。がしかし、美術館を訪れる人にとってはあまり人気のない部屋、展示というのも、美術館の共通の悩みごとであります。(つづく)
美術館学芸員 山田泰子