学区の概要

本校学区は,新井田川の流域に沿って形成されている。
旧是川の集落(8町内)と,風張台地に造成された是川団地(11町内)の人々によって構成されている。
広義の教育施設としては,中居遺跡を中心とした「八戸市縄文学習館」(是川考古館・歴史民俗資料館)をはじめ,公民館・幼稚園・2保育園・児童館がある。
特に,「八戸市縄文学習館」(是川考古館・歴史民俗資料館)は,この地方にはめずらしい縄文時代の出土品を展示・保管したり,それらを中心とした学習活動が行えるよう配慮されたりした八戸市の教育施設である。
また,浄土真宗清水寺(せいすいじ)は遠く鎌倉時代より,この地方の名刹として連綿と続いてきた古寺である。さらに鎌倉・室町期の古城跡の上館(館前地区)・下館(楢山地区)・風張館(風張地区)跡等,歴史に関わる史跡も多い地域である。
元来,この地域は農家が中心であったが,昭和48年団地造成を境に,会社員等いわゆるサラリーマン家庭が多くなってきた。従って,最近は居住生活環境が団地を中心としていると言える。そのため団地の中心部には本校を始め,郵便局・銀行・駐在所・バスプール・農業協同組合と直営ストア・各商店及び飲食店がある。
このほか,是川支所及び公民館,近隣には県立八戸商業高等学校・八戸市植物公園・子どもの国などがあり,
豊かな自然と穏やかな環境に恵まれている本校の子ども達は,のびのびとした生活を満喫しているようである。


校章


校歌
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校旗・校章の制定  

大正5年1月6日同窓会より校旗寄贈

校章図案者 

不明 校章の由来由来や図案の意味については、現在(平成15年度)まで不明のままである。

校章について

平成7年度までの第26代 澤 英悦校長が、地区在住の元本校校長差波政男氏、元教頭差波清一郎氏、
及び北城茂光氏、下館貞次郎氏、下館良一氏等、地域の方々等よりお話を伺い、当時の教育状況等を勘案し、次のように意味付けをした。

意味付け

満開時の山桜を想定した二重のふちの花弁を持った図案は、児童が理想的人間として成長してくれることの願いを「花」に託したものであろう。
五輪の花弁は、五徳(仁・義・礼・智・信)を著しているものと思う。それぞれ、「仁」は、慈愛・人間愛、即ち思いやりを表し、「義」は道理・条理、即ち真理と正義。「礼」は礼儀・作法、即ち尊敬と規律を表現している。
「智」は知恵・英知、即ち判断力・創造力を表し、「信」は信義・信頼つまり誠実を表しているものと考える。
大正期における日本の教育思想や、道徳規範でもある儒学を反映しているものと思う。
また、三本のおしべは本校の「校訓」にある望ましい心を象徴していると考える。
このように五徳と三つの校訓を含み、是川小学校の児童が徳・知・体の調和のとれた望ましい人間として成長してくれるよう、桜花の姿に託し、制定したものでだろう。

沿革

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