八戸市立町畑小学校
 祝 開校120周年 =2017=
住所:青森県八戸市大久保字下町畑29-2
TEL:0178-35-5133
FAX:0178-32-1036
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グレーセ町畑FCの歴史


<昭和56年度>
 この年サッカーが大好きな児童が転入してきて、町畑にサッカー部がないのを残念がっていました。
 当時、技能主事だった秋山善行さんが八戸市庁のサッカー部員だったことから、サッカーをやってみたい子ども達を集めて教えました。
 秋山善行氏 昭和56年~59年まで指導

<昭和57年度>創部
サッカー部が初めて作られました。技能主事の秋山善行さんが監督を務めました。
当時の卒業アルバムを見ると、新しいサッカー部で夏休みの猛練習が苦しかったこと、練習試合をしたことなどが思い出として書かれています。もちろん、まだユニフォームもありませんでした。

初の練習試合 町畑小 0-0 鮫小
2回目      町畑小 0-0 城下小
3回目      町畑小 0-2 桔梗野小

※6年生/清川敬庸、新山健司、渡辺巧、西塚薫、島守透、及川国博、下平重憲、在家邦彦、酒井一寿(キャプテン)

◆この年、石橋恒則先生率いる野球部は、八戸市の大会で優勝し、弘前市で行われた県大会に出場。県で準優勝を勝ち取っている。
◆また、工藤深雪先生の指導の下、卓球部の6年佐々木正敏は市内初優勝、矢崎由香里は準優勝している。女子団体も優勝。
◆バレーボール部は蛯名明美先生が指導。「とても厳しくしごかれたおかげで、上手になりほんとうによかった」と選手は書いている。
◆そのほかに、器楽部、スケート部もあった。


<昭和60年度~>
 秋山氏に代わり着任した技能主事の林崎一雄さんも八戸市庁のサッカー部員であったことから指導を継続。
 一緒に転入された宮崎勇先生を顧問に練習を積み重ね、徐々に基礎が作られました。
 林崎一雄コーチ 昭和60年~平成3年まで
 宮崎  勇先生 昭和60年~平成元年まで

 東野一二三先生が顧問に就任 平成2年度~平成5年
 林崎一雄コーチとともに熱心な指導を行う。

<平成2年度>
1990年8月 第21回青森県少年サッカー大会
        県大会出場
  ※1回戦で北園に敗れる
1990年8月 第3回いわきマリンカップ青森県予選
        初優勝(名川町で開催) 
  ※いわき市のいわきマリンカップ大会に出場、予選リーグ3位 
1990年10月 第2回青森県少年サッカー新人大会
         県大会 第3位

<平成3年度>
1991年6月 第15回全日本少年サッカー大会
        県大会 第3位
  ※準決勝 十和田キッカーズにPKで敗れ、3位決定戦は6-0で藤崎に勝利
1991年8月 第21回青森県少年サッカー大会
        青森県 第4位
  ※準決勝、3位決定戦ともにPKで敗れる。力が拮抗し決勝戦もPKだった。  

<平成4年度>
1992年6月 第16回全日本少年サッカー大会
  ※青森県 第4位
    (東北大会の権利を得る)
1992年8月 東北地区サッカースポーツ少年団
  ※青森県開催に出場 16チーム中11位
1992年8月 第27回青森県少年サッカー大会出場
  ※1回戦で五戸すずかけに敗れる
1992年8月 第4回いわきマリンカップ青森県予選
  ※準優勝 (いわきマリンカップ大会に出場)

◆春の全日本少年サッカー大会、夏の青森県少年サッカー大会、秋の新人大会の県大会常連校として活躍をはじめました。
◆平成5年からは、蔦林洋司先生が監督を務めました。(平成5年4月~平成10年3月)

<平成5年度>
 平成5年は、県選抜に選ばれたGKの大久亮のほかに是川幸乃助、濱道修、坂下義則、久保沢徳幸らが卒業し、部員は6年生が2名で5年生が中心のチームとなりました。八戸市の予選では6年生チーム相手に苦労の連続でしたが、そのおかげで新人少年サッカー大会では八戸市で優勝し、青森県で第3位と健闘しました。

1993年10月 青森県少年サッカー新人大会
         青森県大会/第3位



<平成6年度>
さらに強力なチームをめざして、チーム名を「グレーセ町畑フットボールクラブ」としました。
〝グレーセ〟はドイツ語で英語のグレートと同じです。〝偉大な町畑〟という意味です。


1994年6月 第18回全日本少年サッカー大会
        青森県大会/準優勝


◆十和田キッカーズJr、五戸すずかけに対抗し、八戸の子どもたちも全国大会を経験させたいとの思いで八戸選抜チームの結成を提案するが市内のチームから賛同を得られず、町畑小・湊小合同チームを結成して出場。監督は蔦林洋司、コーチに湊小の東海林宏明先生。
◆現在コーチを務めている吉田謙作ほか町小は高橋太一、小柴善広、久保沢隆浩たち、湊小の千葉大輔、中村勇千らがメンバーとして活躍。

1回戦 グレーセ町畑・湊FC 3-1 黒石東(南黒代表)
準決勝 グレーセ町畑・湊FC 2-0 七戸(上北代表)
決 勝 グレーセ町畑・湊FC 3-5 十和田キッカーズ                        

◆青森泉川小での決勝戦では、十和田キッカーズJrと対戦。3-0とリードし後半も残り5分。だれもが八戸勢初の全国大会かと思われました。強風の中、パスを確実につないでチャンスをつくるグレーセ町畑・湊FCは、脚力のあるCF内村選手にボール集めるキッカーズを大きくリードしました。しかし、後半残り5分から3点を取られ延長戦に突入しました。さらに風の強まる中、風下に立った延長後半、十和田キッカーズJrの遠くから蹴ったボールが運悪くゴールすみに決まるなど、2点を取られ力尽きました。現在とちがって大人用の大きいサッカーゴールを使っていた時代で、小学生ではどんな上手なゴールキーパーも手の届かないところがありました。
◆この試合は今でも青森県少年サッカー史上、語りぐさとなっていて、これを機に地区選抜チームの結成と強化、クラブチームへの移行が進められるようになりました。また、少年用規格のサッカーゴール採用が進みました。(蔦林監督はすぐに大人用のゴールを切ってもらい、少年用の規格にしました。今でも校庭で使っています。)
◆蔦林監督と東海林先生は、この敗戦を深く反省し、互いに町畑小と湊小にもどって子どもたちを育て、チームを強くすることを誓いました。そして、つぎの青森県少年サッカー大会に備えました。

1994年8月 第26回青森県少年サッカー大会
        青森県/準優勝


1回戦 グレーセ町畑 0-0 剣吉(三戸)PK4-2
2回戦 グレーセ町畑 0-0 浪岡北(南黒)PK4-2
3回戦 グレーセ町畑 2-0 江南(八戸)
準決勝 グレーセ町畑 4-0 桔梗野(中弘)
決 勝 グレーセ町畑 1-3 湊(八戸)

◆この大会の前に、大会や遠征が続いて選手たちに少し疲れが見えていました。動き回って攻めるものの切れ味に欠け、シュートが決まらず苦戦の連続でした。1・2回戦はGKの高橋太一の活躍でPK戦を制しました。翌日、3回戦・準決勝では少し調子が戻り確実に点数を取って決勝戦に進みました。
◆決勝戦は、蔦林と東海林の両監督率いるグレーセ町畑FC対湊小SSSとなりました。八戸市の予選決勝戦では 町畑が1ー0で湊に勝ち、町畑が第一代表を獲得。町畑と湊の選手たちの合い言葉は「県大会の決勝戦で会おうね!」その通り、監督同士の約束も子ども同士の約束も果たし、再び決定戦となりました。これは、26回の大会史上初の八戸地区同士の決勝戦となりました。
◆八戸市の予選では町畑が勝利したというものの、選手達はかえって「湊は手強い」という思いを消し切れていませんでした。それに比べて湊の選手達はリベンジを誓い、のびのびと走り回っていたように感じました。やや動きの悪い前半、0-2とリードされてから猛反撃。1点返してこれからというとき後半に追加点を取られ、1-3で力尽きました。
◆試合終了後、ピッチに倒れ込む両チーム選手の姿を忘れません。全力を出し切り、フェアープレイで戦った選手たちを誇りに思います。
グレーセ町畑の県大会優勝は、また持ち越しとなりました。



※6年生は吉田謙作、尾崎雄太(両名は現在のコーチ)、高橋太一、山本光介、仲居伸吾、番地貴昭、小柴善広、畑崎要介、境徹、久保沢隆浩、田名部千尋(キャプテン)、加賀康朗、木村慶紀、福澤貴司たちが活躍しました。
※5年生では、高田裕也、倉内見がスピードを生かして活躍しました。

<平成7年度>
1995年6月 第19回全日本少年サッカー大会
         青森県大会/優勝
◎八戸選抜「八戸ゼブラFC」第1期生として参加


◆昨年の町畑小と湊小の選手たちの県大会での活躍が、ついに市内のサッカーチーム監督たちの心を動かし、八戸選抜チーム「八戸ゼブラFC」が誕生しました。このチームの主力選手として町畑から倉内見、高田裕也、高谷宣拓3名を選出し、蔦林洋司監督、東海林宏明コーチの指導の下、練習を重ねました。
◆県大会は3試合とも、激しく動き、パスをつないでゴールに襲いかかる戦法で失点0、得点12点を奪い、思い通りのサッカーができました。

1回戦 八戸ゼブラFC 4-0 泉川SSS(青森代表)
準決勝 八戸ゼブラFC 5-0 七戸FC(上北代表)
決 勝 八戸ゼブラFC 3-0 十和田キッカーズ(十和田代表)

◆八戸市から初の全国大会出場を果たしました。当時は、猛暑のよみうりランドサッカー場で全チームが合宿しながら、1週間を戦いました。蔦林洋司監督、東海林宏明コーチのもと、選手たちがんばりで初出場ながら2勝2敗1分けと健闘しました。惜しくも決勝トーナメントには進めませんでしたが、お父さん、お母さんたちの「イカおどり」応援も、よみうりサッカー場の名物となりました。



1995年8月 第27回青森県少年サッカー大会
        八戸市優勝

        県大会1回戦 0-1 北園(十和田)


※6年高田裕也、高谷宣拓、川村晋也、秋山耕基、嶋本聖、小向堅一、下田中渉、大石勝久、倉内見、川戸康孝たちが活躍しました。

◆平成8年から、蔦林洋司監督のほかに、河村雅庸先生も担当となりコーチを務めました。

<平成8年度>
1996年6月 第20回全日本少年サッカー大会
 県大会/ベスト8

◆八戸ゼブラFCの活躍が契機となり、大会規定を見直すことになり、この年は、グレーセ町畑が単独チームで出場。
県大会では、惜しくも新城中央に1回戦で敗れました。
◆八戸ゼブラFC(八戸選抜)の復活は2003年(平成15年)まで待つこととになります。

 グレーセ町畑 1-2 新城中央(青森)

6年生/松原正行、岡本祐一、田中龍二、気田寿弘、小川原靖人、田中貴人が活躍

1996年8月 第28回青森県少年サッカー大会
 県大会 1回戦 町畑 0-1 新城中央(青森)

1996年10月 第8回青森県少年サッカー新人大会
 県大会/ベスト8
 グレーセ町畑 1-3 第一南(青森)

<1997年選手名鑑の表紙を飾る
         伝説の縦縞ユニフォーム>
◎MF6年 松原正行(7・左)
 MF5年 田中健一郎(中央でヘディング)
 DF5年 嶋本 敦(4・右)



<平成9年度> 町畑小学校 開校100周年記念式典が行われた年に最高の成績をおさめました。
1997年6月 第21回全日本少年サッカー大会
        八戸市大会/優勝
        青森県大会/準優勝

◆大会規定変更のため、選抜チームが認められず町畑単独チームで出場。
◆決勝はライバル十和田北園。前後半で各1点ずつ取り合う接戦となりました。2-2の延長前半に1点を取られ、惜しくも涙を飲みました。

1回戦 グレーセ町畑 2-1 野辺地(上北代表)
準決勝 グレーセ町畑 2-0 戸山西(青森代表)
決 勝 グレーセ町畑 2-3 北園(十和田代表)
        延長(0-1)

1997年8月 第29回青森県少年サッカー大会
        八戸大会/優勝
        青森県大会/優勝

◎念願の初優勝!
1回戦 グレーセ町畑14-0 富萢(西北五代表)
2回戦 グレーセ町畑 5-1 十和田南(十和田)
3回戦 グレーセ町畑 4-0 七戸(上北代表)
準決勝 グレーセ町畑 2-0 FC豊田(中弘代表)
決 勝 グレーセ町畑 5-0 弘前北(中弘代表)
 
◆スコアのとおり全試合合計、得点30、失点1の圧勝で念願の初優勝をしました。(胸に輝く金メダル)


◎6年/田中健一郎、獅子内義雄、嶋本敦、佐藤輔、吉田啓二、小向龍大、清水陽、石橋大輔、久保沢智行、佐藤悠人、気田広樹、西村智
◎5年/木村圭佑、松橋優輔、荒木地卓思、佐々木晃生

1997年10月 青森県少年サッカー新人大会
          八戸大会優勝
          青森県大会/優勝

◎こちらも念願の初優勝!
1回戦 グレーセ町畑 5-0 すずかけ(五戸)
準決勝 グレーセ町畑 5-2 弘前北(中弘)
決 勝 グレーセ町畑 1-0 北園(十和田)

◆決勝では宿敵、十和田北園と対戦。柏村の河川敷サッカー場で行われた大会2日目は、決勝戦の途中でヒョウが降る悪天候となりました。5分間の中断の後再開されましたがグレーセ町畑の集中力は途切れず、みごとな試合運びで優勝しました。


5年生/木村圭佑、岩舘真彦、松橋優輔、荒木地卓志、小ヶ口琢也、下沢雄也、佐々木晃生、玉舘健二、久保澤和也、高橋裕悦、北上武志、川村涼介、大崎貴裕、佐藤竜也、坂下嗣弥、中山慎司、岡田健志、仲居良太、加藤洋子

1998年。2年連続で選手名鑑の表紙を飾る伝説の
       縦じまユニフォーム
◎高速ドリブラー 6年 佐藤 輔(10右)
◎司令塔リベロ  6年 獅子内義雄(7左)



平成10年度から河村雅庸先生が監督に就任
(平成10年度~平成15年度)

<平成10年度> 
1998年8月  第30回青森県少年サッカー大会
         八戸代表 県/ベスト8

 1回戦 グレーセ町畑 1-0 五戸南
 2回戦 グレーセ町畑 5-0 黒石FC
 準決勝 グレーセ町畑 0-1 第一南

◎6年生/木村圭佑、岩舘真彦、松橋優輔、荒木地卓志、小ヶ口琢也、下沢雄也、佐々木晃生、玉舘健二、久保澤和也、高橋裕悦、北上武志、川村涼介、大崎貴裕、佐藤竜也、坂下嗣弥、中山慎司、岡田健志、仲居良太、


<平成11年度>
1999年8月  第31回青森県少年サッカー大会
         八戸代表 県/ベスト16

1回戦 グレーセ町畑 2-0 イースト(十和田)
2回戦 グレーセ町畑 0-2 光田寺(南黒)

◎6年生/玉舘拓也、是川貴彦、荒木地壮登、根口浩太

1999年10月 第5回JA杯争奪少年フットサル青森県大会
         優勝(4年生以下)


予選リーグ グレーセ町畑 3-1 泉川
        グレーセ町畑 2-1 むつFCJr
        グレーセ町畑 4-2 いちのさわ
決勝トーナメント
 準決勝 グレーセ町畑 4-3 ヴィペール弘前
 決 勝 グレーセ町畑 2-1 第一南(青森)

※4年生/小ヶ口陽介、細越勝恭、工藤貴晃、松原雄大、大坂明義、大石和雄、昆隆志、佐々木隆介
※3年生/君成田大樹、下沢英慎、佐々木直樹


<平成12年度>
2000年8月 第32回青森県少年サッカー大会
        八戸代表 県大会/ベスト16

1回戦 グレーセ町畑 5-2 尾上(南黒)
2回戦 グレーセ町畑 3-3 西園(八戸)
         (PK4-5)

6年/佐々木一哉、小泉竜也、君成田弘八、細越勝稔、桑田友人、蔦林裕太、松村匠、大石和雄、坂下聖弥、秋山普督
◎君成田弘八は、大会優秀選手に選ばれている。

2000年10月 第6回JA杯争奪少年フットサル青森県大会
         優勝(4年生以下)


予選リーグ グレーセ町畑 3-1 深浦
        グレーセ町畑 6-1 すずかけ
        グレーセ町畑 2-0 ちとせ
決勝トーナメント
   準決勝 グレーセ町畑 5-2 法奥(十和田)
   決 勝 グレーセ町畑 5-2 北園(十和田)
4年生/君成田大樹、工藤拓郎、太田僚介、下沢英慎、岡田康志、佐々木直樹、中村大樹
3年生/田向俊己、武部悟希、山田俊平、赤石匡輝、大沢直人、奥谷貴、間澤裕大、中村友輝

<平成13年度>
2001年8月 第33回青森県少年サッカー大会
        八戸代表 県大会/ベスト16

1回戦 グレーセ町畑 0-0 沖館(青森)
         (PK5-4)
2回戦 グレーセ町畑 1-3 北園(十和田)

※6年生/髙村勇平、松原雄大、昆隆志、細越勝恭、澤野浩和、髙村和洋、小ヶ口陽介、大坂明義、大石和雄、佐々木隆介
※5年生/君成田大樹、下沢英慎、佐々木直樹、工藤拓郎、岡田康志

<平成14年度>
2002年5月 全日本少年サッカー大会は八戸ゼブラ、八戸マリーンズが県大会に出場

2002年8月  第34回青森県少年サッカー大会
        八戸代表 県大会/ベスト8
1回戦 グレーセ町畑 9-0 深浦(西北五)
2回戦 グレーセ町畑 2-1 すずかけ(五戸)
3回戦 グレーセ町畑 1-2 イースト(十和田)

<平成15年度>2003
高橋成豪先生が監督となる。河村雅庸先生はコーチとしてサポートする。 


◆この年から八戸ゼブラFCが復活。兄弟チームとして八戸マリーンズFCも立ち上げ、市内の選手たちのレベルアップを進めることとになりました。
◆この年2回目の全国大会出場を果たしました。

平成5年以降も
・東北地区サッカースポーツ少年団交流大会
(東北6県持ち回り)
・さわやか杯宮城県少年サッカーフェスティバル大会
・秋田スカイドーム杯少年サッカー大会(秋田市)
・きたぎん杯少年サッカー大会(岩手県盛岡市)
など多数参加している。
資料が整理でき次第、記述していくこととします。

◎平成10年卒の獅子内義雄は、東中卒業後、静岡学園に進学し清水エスパルスU-18に所属した。

◎現在、社会人フットサル東北1部リーグで活躍する「イタチカ」に嶋本敦(H10卒)、佐々木一哉、細越勝稔(H13卒)兄、細越勝恭(H14卒)弟がいる。ちなみに、「イタチカ」の名前は、試合には必ず「勝ちたい」「カチタイ」ということで、反対から読んだものだそうである。
この時代のOBが現在、多数コーチをしに来てくれている。
Special Thanks!

以下、作成中…