本県第一の長流「馬淵川」の南岸近くに位置を占め、この大河と深いかかわりをもつという意味で、秋山市長により『江南』と命名されたものです。 按じるに、中国の古典「淮南子(えなんじ)」に、「江南の橘、之を江北に植うれば、化して枳となる。」とありますが、こころ無き草木すら風土によってその性を変ずる。まして人は居るところの風俗の善悪にしたがって、その性に大きな影響を蒙るものです。環境が教育に及ぼす重要性を示唆したことばであり、よい教育環境を構成したいという念願がこめられているといえるでしょう。 また、陸凱(りくがい)が友人の范曄(はんよう)に送った送別の詩 「花を折って駅使に逢う、寄与す隴頭の人、江南有るところ無し、聊か一枝の春を贈らん」 に因みて、梅花馥郁たる友情に満ちあふれる校風をめざしてほしいという祈りの象徴と解してもよいでしょう。 (学校10周年記念誌より抜粋)
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