施設案内
館内図
常設展示
史跡 根城の広場
催事
 
学習コーナー
考古
歴史
民俗
刊行物
利用案内
交通アクセス
  学校の先生方へ
 
  博物館実習
 
八戸市庁トップへ
学習コーナー【民俗】
 
農業・漁業・商業
◆ 農業
 
 田で米を作り、畑では寒さに強い稗(ひえ)・粟(あわ)・麦・そば・大豆・大根・じゃがいもなどを作りました。

 機械を使わなかった昭和30年代までは、土をたがやしたり、刈り取り、だっこくなど、すべて人の力で行いました。
 

■ 昔の米作りの一年

4月 種にするもみ(からのついたままの米)を水につける
5月 苗を育てる専用の田(なわしろ田)をたがやし、水を入れる
なわしろ田に種をまく
6月 苗を植える田をたがやし、水を入れる
なわしろ田で育てた苗を植える(田植え)
7月 田の中の雑草をとる
8月 田の中の雑草をとる
9月 田の中の雑草をとる
10月 稲刈り・稲の乾燥
11月 もみ(からのついたままの米)を稲からはずし、からをむく(だっこく)
きねでついて、白米にする
 

■ 昔の畑の一年

4月 じゃがいもを植える
5月 稗(ひえ)・粟(あわ)・大豆の種まき
7月 にんじん・ごぼうの種まき
8月 じゃがいもの収穫
9月 大根・白菜・そばの種まき
稗(ひえ)・粟(あわ)の収穫
10月 大豆の収穫
11月 にんじん・ごぼう・大根・白菜・そばの収穫
 
 
◆ 漁業
 
 八戸は、古くから漁業が盛んでした。それは、八戸の海には魚や貝、海草が豊富だったからです。

 網でイワシやカレイ、釣りでイカやアブラメなどをとりました。磯では、もぐってアワビやウニ、舟の上からコンブやワカメなどをとりました。

 現在は、日本で有数の水揚げを誇ります。(平成13年度水揚高日本一)
 
ウニ・アワビ イカ
ウニやアワビは、潜って獲るのが確実で良い方法でした。
フンドシを締めて、水中メガネを付け、手にウニやアワビを引っ掛けて獲るためのカギと、獲物を入れる網の袋を身に着けて潜りました。
現在、八戸は世界有数のイカの水揚げがあります。
イカは九州北部で生まれ、北海道まで回遊し、また生まれたところに戻って産卵して一生を終えます。寿命はわずか一年で、八戸沖を回遊してくる頃(夏から秋)に、イカ漁が盛んに行なわれます。
イワシ
かつてイワシは、八戸の漁業を支えている重要な魚でした。
江戸時代より、浜辺で地引網によるイワシ漁が盛んにおこなわれ、明治時代になると巻網が導入され、沖へ出て漁をするようになりました。
化学肥料がなかった頃は、イワシを煮出して絞り、乾燥させた「シメカス」が最高の肥料とされ、江戸時代より、八戸で作られたシメカスは全国に出荷されました。
 
■ 昔の魚をとる時期
タラ 10月〜翌年3月
イサザ 5月〜8月
イワシ 6月〜12月
イカ 6月〜12月
タコ 10月〜翌年3月
カレイ 一年中
アブラメ 一年中
ウニ 6月〜7月
アワビ 11月〜翌年7月
ワカメ 6月〜7月
コンブ 8月〜9月
 
◆ 浜小屋・報效義会鼎浦丸遭難之碑
《浜小屋》

 八戸市大久喜地区にあり、昭和47年に寄贈されました。かやぶきの寄棟造りです。幅4.75m奥行5.70m広さ約27屬任后9掌曜期から明治初期の建築と見られ、漁具の置き場や製作修理の場として、昭和30年頃まで実際に使われていました。現在市内に現存するかやぶき屋根の浜小屋は、この1棟だけです。

報效義会鼎浦丸遭難之碑ほうこうぎかいかなえうらまるそうなんのひ
郡司成忠(ぐんじ しげただ)大尉は、千島列島の開発整備の重要性を感じ、明治26年3月北方探検の目的で、報效義会を組織し、5隻の短艇で隅田川から出発しました。大久喜沖で、悪天候に見舞われ、その中の一隻である鼎浦丸が遭難しました。この碑は、昭和7年、有志の方々、大久喜住民等の協力により、隊員の勇気を讃え、冥福を祈るために建立されました。
浜小屋及び報效義会鼎浦丸遭難之碑所在地
 (2件とも)八戸市大字鮫町字大作平44−129
 八戸市中心街から車で35分 大久喜小学校そば

お問い合わせ  八戸市博物館 電話  0178−44−8111
                     FAX  0178−24−4557
 
◆ 商業
 
江戸時代より八戸では城下町をはじめ、領内で商業が発展し、地元の水産物や農産物、江戸・大坂(大阪)などから仕入れた衣料や日用雑貨などが売り買いされました。
写真
 
写真
大福帳
お金の出し入れを書く帳面
写真
ま す
お米や豆などの量をはかる
   
写真
ぜにばこ
お金を入れる昔の金
写真
ぜにます
昔の四角いお金を数える