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更新 2012/2/9

学習コーナー【歴史】
 
八戸藩の誕生
 
 寛文4年(1664)盛岡藩主南部重直は、次の藩主となる後継ぎが定まらないまま死去しました。
 そのため、同年幕府はもとの藩領10万石を分割し、あらためて8万石を重直の弟重信に与えて盛岡藩とし、2万石をその下の弟直房に与えて八戸藩とする裁定を下しました。
 こうして八戸藩が誕生し、明治4年(1871)の廃藩置県まで続きました。
 
 
◆ 八戸南部氏系図


                            
南部利直
             ┌────────┬───────┤
            (八戸)     (盛岡)   
南部重直
           
‘酩直房    南部重信
             │        │
            直政
             │

            D命
←盛岡南部家より
             │ 
            す信

             │
            タ興

             │
            信依

         ┌─―─┤
     信房弟→┸真 Э房
         
   薩摩島津家より→信順


 
◆ 八戸藩の範囲
ピンク色が八戸藩領
 
 北は市内の市川(三菱製紙付近)、南は岩手県久慈市・葛巻町、西は名川町などでした。また、志和4ヶ村(花巻市紫波の一部)も含まれていました。
領内の人口は、全体で約6万人でした。